ヒストリー

FASER実験の成り立ち

Large Hadron Collider

CERNに建設された周長27 kmのLarge Hadron Collider(LHC) は世界最高エネルギーの陽子・陽子衝突型加速器です。
LHCではATLAS実験およびCMS実験によってヒッグス粒子こそ発見されたものの、期待されていた超対称性粒子等の新粒子の発見には至っていませんでした。

FASER実験は2017年、カリフォルニア大学アーバイン校のジョナサン・フェングらがLHCでの新たな実験として提案しました。

これまでの実験は「重くて強く相互作用する粒子」の探索には適していますが、もし新粒子が「軽くて弱く相互作用する」場合には適当でないと指摘しました。
「軽くて弱く相互作用する」素粒子にはダークフォトンなどのモデルがあります。このような未発見の素粒子が存在するのならばそれはLHCの陽子陽子衝突点の軸上(衝突前の陽子と同じ方向)に多く生成し、しばらく飛行した後に2つの荷電粒子(例えば電子と陽電子)に崩壊するのではないかと予想しました。

そして実験候補地選ばれたのが、ATLAS実験の衝突点から480 m離れたトンネルでした。

2つの検出器

どのような検出器をどこに配置するかの議論は進みます。

未知の素粒子から生成する2つの荷電粒子を分離して検出する飛跡検出器と、実験区域となるトンネルの放射線環境の直接測定です。

FASER実験における飛跡検出器の検討の難しさは、2つの荷電粒子が100 μm程度まで近接することがあるため、これらを分離して検出するためにはどうしても高精細な検出器が必要となり、長期の開発期間や多額の研究資金が必要です。

シリコン検出器

2021年の実験開始を目標とし、開発期間、研究資金の圧縮のアイデアとして、ATLAS実験の飛跡検出器の一つであるストリップ型シリコン検出器(SCT)の運用をおこなってきた音野瑛俊(九州大学)は2018年4月、FASER実験にSCTのスペアの使用を提案し、2018年9月、田窪洋介(KEK)の加入により、飛跡検出器の開発が本格化することになります。

エマルション検出器

FASER実験の検討にLHCの稼動時の放射線環境の情報が不可欠ですが、使用するトンネルに電気やネットワークが当時存在せず、測定手法が制限されている状況にありました。2018年4月、写真フィルムの一種であるエマルション検出器の使用が提案されます。

エマルション検出器は放射線による飛跡を全て蓄積するため、放射線量が多い環境下では真っ黒になるため、測定が可能か懐疑的な声がほとんどでしたが、エマルション検出器の開発に深く携わってきた有賀昭貴(ベルン大学)とエマルション検出器の有用性について検討し、有賀智子(九州大学)、佐藤修(名古屋大学)らと共にエマルション検出器を用いたセットアップを提案しました。

2018年7月
トンネルにエマルション検出器を設置し、測定を開始しました。

2018年8月
トンネルから取り出してみると、設置したエマルション検出器には多くの飛跡が記録されていたものの、その測定が可能な範囲であることが分かり、実験候補地でのバックグラウンドの定量測定という重要な情報を得ることができました。

シリコン検出器実験の承認

FASER共同研究者グループは新粒子探索の感度・検出器のデザイン・実験候補地の放射線環境測定をまとめ、2018年11月 新粒子探索に関する技術提案書をCERNに提出し、2019年3月に承認され、音野はシリコン検出器の責任者に就任しました。

エマルション検出器の可能性

我々は以前より3世代のニュートリノに関して興味を持ち、LHCを用いたニュートリノ実験を模索していました。
これまでは、エマルション検出器では高い放射線環境が予想されていたため難しいと考えられていました。しかし、エマルション検出器が実験候補地で機能するという事実はニュートリノ実験への大きな可能性を示すものになりました。

エマルション検出器実験の承認

LHCを含むすべての衝突型加速器実験から未だかつてニュートリノは捉えられていませんでした。
2018年9月に30 kgのエマルション検出器を構築してニュートリノ検出の予備実験を行いました。
これまでに経験のない環境下(たくさんのミュー粒子バックグラウンドと電磁シャワー)での測定のため解析に苦労をしましたが、反応点の候補を検出することに成功しました。我々が得た結果によりニュートリノの観測が実現できる可能性が示唆されました。

そして、2019年10月にFASER実験を高エネルギーニュートリノ物理(FASERν)へ拡張する技術提案書を提出し、同年12月、CERNに承認されました。
有賀智子、有賀昭貴はFASERνの責任者に就任し、FASERν検出器および解析の準備を牽引しています。
2021年には予備実験の解析をまとめLHCにおけるニュートリノ反応候補の検出を実現して論文を発表しました。

FASER共同研究者 日本グループ

FASERは2022年からのビーム運転再開に向けて国際共同研究グループを組織し、音野、有賀智、有賀昭はFASER実験の舵取りを担うExecutive Boardにも参画しました。

九州大学・KEK・千葉大学・名古屋大学(50音順)が参画し、主に飛跡検出器とニュートリノ検出器・ニュートリノ解析を担当し、FASER実験をリードしました。

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