FASERν

はじめに

ニュートリノはどんな物質でもほとんど通り抜けてしまう、幽霊粒子とも呼ばれる標準模型の素粒子です。しかし、非常に小さい確率で物質と相互作用をするので、通常、大きな検出器を用意して稀に検出器と反応するニュートリノを捕らえます。例えば、岐阜県の神岡鉱山跡に設置されているスーパーカミオカンデ実験は、直径39.3メートル、高さ41.4メートルの円筒形をした巨大な水タンクを用いてニュートリノと水との反応を観測し、ニュートリノの性質解明を目指しています。

一方、大量のニュートリノを生成することができれば、比較的小さな検出器でもニュートリノを検出することができます。ニュートリノはLHC加速器における陽子と陽子の衝突でも大量に生成されています。さらに、LHCの前方方向に放出されるニュートリノは、人類が作り出せるものとしては最も高いエネルギーを持っており、電子型、ミュー型、タウ型の3種類全ての型のニュートリノを作り出すことができます。LHCを用いれば、これまでにない特色のあるニュートリノ研究を行うことができます。高エネルギーニュートリノの研究は宇宙線と呼ばれる、宇宙から飛来する粒子を観測する実験にも重要な貢献を果たすと期待されています。

図1. 縦軸:ニュートリノの反応スペクトラム、横軸:ニュートリノのエネルギー。FASERν実験では人類がこれまでに生成したニュートリノの中で最も高いエネルギーを持つニュートリノを測定します。

FASERν

FASERνはFASER検出器の手前にニュートリノ検出器を設置して、LHCの陽子陽子衝突から放出されるニュートリノを観測する計画です。ニュートリノが物質と荷電カレント反応と呼ばれる相互作用を起こすと、電荷を持ったレプトン粒子が出てきます。例えば、電子ニュートリノが荷電カレント反応を起こすと電子が出てきます。一方、ミューニュートリノが荷電カレント反応を起こすとミューオンが出てきます。このように、反応後に出てくる荷電粒子の種類によって、ニュートリノの種類を特定できます。

FASERνは荷電粒子の識別能力を持っているため、3種類のニュートリノの反応を分離して測定することができます。さらに、FASERνはニュートリノ反応由来のミューオンの電荷を特定する能力をもっているので、ミューニュートリノとタウニュートリノ(タウがミューオンに崩壊した場合)について、粒子・反粒子を分けて測定することができます。衝突型加速器で生成されるニュートリノの観測はFASERνが初めての試みとなります。また、もしタウニュートリノと反タウニュートリノをそれぞれ個別に測定できれば、史上初めてのことになります。その他、FASERνではこれまでに観測されていないエネルギー領域のニュートリノを測定対象としています。

図2. LHC加速器を用いた陽子陽子衝突ではビーム軸の前方方向にも大量に粒子が放出されます。衝突点から480 m先地点には、TI12と呼ばれる現在使われていないトンネルが存在し、FASER実験が探索する新粒子やニュートリノが多く飛来します。また、衝突点由来の標準模型粒子の荷電粒子はLHC磁石によって曲げられ、中性粒子は前方約400 m地点にある岩盤によって吸収されており、実験の背景事象(=新粒子やニュートリノ反応の信号と似た事象)が少ない、FASER実験に理想的な場所です。

FASERν検出器

FASERν検出器はエマルション検出器とインターフェース飛跡検出器で構成されています。エマルション検出器は、原子核乾板と1ミリ厚のタングステンをサンドイッチ構造にしたものを770枚並べた構成になっています。LHCの陽子陽子衝突で作り出されたニュートリノは、タングステン層で反応し、そこから出てくる荷電粒子を原子核乾板で捕らえます。

インターフェース飛跡検出器は、FASER飛跡検出器と同じものを用いています。ニュートリノがエマルション検出器で荷電カレント反応を起こすと、反応によって出てきた荷電粒子はインターフェース飛跡検出器を通り抜け、そのままFASER検出器を通過していきます。インターフェース飛跡検出器は、エマルション検出器とFASER検出器で捕らえられた荷電粒子の飛跡を上手く接続するために、それらの中間地点での飛跡を捕らえる役割を果たします。ニュートリノが荷電カレント反応を起こすと、負の電荷をもった粒子が出てきます。一方、反ニュートリノの場合は、正の電荷を持った粒子がでてきます。このように、荷電粒子の電荷が正か負かを特定できれば、ニュートリノと反ニュートリノを識別することができます。荷電粒子の飛跡をつなぐことができれば、FASER検出器の磁石を用いて荷電粒子の電化を識別し、検出したニュートリノが粒子だったのか反粒子だったのかを判別することができます。

図3. FASERν検出器(エマルジョン検出器)は衝突点とFASER検出器の間に設置されます。FASERν検出器内のタングステンとニュートリノが反応すると電子、ミューオン、タウ粒子といった荷電レプトンが生成される場合があります。ミューオンは透過力が高いため、インターフェースシリコン検出器を通って磁石によって曲げられながらFASER検出器で測定することができます
図4. FASERν検出器はエマルションフィルムとタングステンの層からなります。エマルションフィルムで検出された飛跡の情報から、荷電粒子の識別を行います。電子(e)、ミューオン(μ)、タウ粒子(τ)といった荷電レプトンが持つ特徴から、ニュートリノの種類(フレーバー)を識別します。エマルションフィルムには多数の飛跡情報が記録されますが、エマルションフィルムの高い位置分解能を用いて、ニュートリノの反応点を検出し、ニュートリノの反応事象を捕まえます。
図5. エマルションフィルムは原子核乾板とも呼ばれる、アナログ写真フィルムと同じ技術を用いた検出器です。エマルション中に記録された荷電粒子の飛跡を、現像・スキャンの工程で検出し、飛跡同士を組み合わせることで高い位置分解能を保ちながら飛跡を検出します。エマルションフィルムを用いた飛跡検出器の位置分解能は数百ナノメートルと非常に高いため、位置情報を用いた様々な解析を行うことができます。